高等教育は大きな変革期にあります。早稲田大学も例外では無く、好むと好まざるに関わらず、大きな改革が続いています。
私が主に指導してきた早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコースでも、以前の「高度専門職業人」型の教育システムから、2023年度以降は「研究者養成」を重視した学術教育システムになりました。
また、政治経済学部においてもゼミを通じた卒論研究を重視するように教育改革が進んでいます。研究を「体験する」ことが主目的だったこれまでのゼミに対し、本格的な研究を指向する人も増えています。
これを踏まえ、私の研究室では「ゼミ」と「ラボ」を次のように区別しています。
- ゼミ:早稲田大学政経学部としての標準的な卒論研究のレベルを要求。研究テーマの自由度は高い。学問的な要求水準は満たしつつも、楽しく”研究を体験”してもらうことが主目的。
- ラボ:ゼミの上位互換。基本的に最低でも学会発表、可能な限り論文投稿(国内・国際学会誌)を目指した本格的な研究を行う。研究テーマはラボのカバーする範囲(次節で述べます)のなかで実施する。学部生も希望者は参加可能。
政治経済学部の学部生は、大学の所定の選考過程を経たあと「専門演習」に受け入れられれば、原則的にゼミに配属されます。しかし、希望者はラボにも参加することができます。
政治学研究科の大学院生(修士課程・博士課程)は、基本的にラボのメンバーとして扱います。ただ、研究テーマや本人の能力に応じて、普段の研究活動においてはゼミに参加することを勧めることもあります。
ゼミとラボで、指導の方針を大きく変えることはありません。ただし、上記のように学部と大学院の差に応じて、要求水準が大きく異なります。
2. 研究テーマについて
当ラボの研究テーマは幅広いですが、例えば2025年現在、走っている研究プロジェクトの大きな問いは、次のようなものです:
- 科学技術リスクのメディア表象:マス/ソーシャルメディアが混交する現代の複雑なメディア空間において,科学技術の関わるリスク(AI、災害、気候変動、ワクチンなど)はどのように議論されているのか?また議論がなされるべきなのか?
- 科学ジャーナリズムの課題:現代の科学報道・科学ジャーナリズムはどのような問題に直面しているか?科学の民主的活用のためには,科学ジャーナリズムはどのような機能や規範が求められているか?
- 科学技術と信頼:日本(や東アジア)における科学の「信頼」はどのようなものであり、またメディア議論にどのように影響しているか?
- 科学技術と陰謀論:昨今台頭する科学技術の陰謀論は、どのようにメディア空間で形成され、どのような人びとの支持を得ているのか?
- 科学技術のELSI:科学技術には倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Societal Issues; ELSI)がつきまとう。こうしたELSIについてメディア空間ではどのように議論され、また議論されるべきなのか?
- 新興メディア技術とジャーナリズム:生成AI、チャットボットに代表されるように、特にオンラインメディアの発展は,社会に大きな影響を与えている。こうした時代に私たちはどのように(科学について・科学を用いて)社会的議論をおこない、より良い社会選択を行っていくべきなのか?
一見するとバラバラですが、”Science, Media and Society”というラボ名が語るように、「科学技術や、それの引き起こす社会問題は、メディアを通じてどのように議論・表象されているか?」「科学技術の知識や、それに関する議論はメディアを通じてどのように社会共有され、またされるべきなのか?」といった問題意識に基づき,幅広く研究を行っています。
- これまでの論文や学会発表をしているものに関しては、私のResearchMapをご覧下さい。
- また、これまでの卒論・修論の研究テーマのうち、当ラボのテーマに合致しているものは「カテゴリー>Lab_Theme」から見られます(2023年度以前は上記のゼミ/ラボ分類はしていませんでしたが、便宜上このように分類しています。)。
用いている研究の方法論については質的・量的研究を幅広く扱っており、長くなるため割愛しますが、上記のResearchMapや先輩の研究内容を参考にして下さい。端的な分野(方法論)のキーワードとしては次のようなものです:計算社会科学(自然言語処理、ネットワーク分析、実験研究)、科学技術社会論(批判的言説分析、グラウンデッド・セオリー・アプローチ、アクターネットワーク理論)、等等。
なお、当ラボのミーティングには多様な方法論を熟知している博士課程・ポスドクや他大学の教員が参加してくれており、こうした先輩方から指導を受けることもできます。
3. 他大学からの進学希望者の方へ
早稲田大学政治学研究科では、他大学からの進学も歓迎しています。私の研究室で一緒に学びたいかたは、ぜひ応募して下さい。
ただし博士課程に関しては注意が必要です。現在の早稲田大学の大学院教育は、基本的に「修士・博士の5年一貫教育」を通じて、高度な研究を完成させることが推奨されています。従って、修士号を取得して博士課程から進学される場合、修士での研究分野があまりに当ラボと異なっている場合は、修士から入学することを勧められる場合があります(現実的にも、新たな分野に取り組むならば博士課程の3年では足りず、5年はかかると推察されます)。
もちろん、修士の専攻分野によっては、その知見を活かしてそのまま博士課程の研究に取り組める場合もあります。「どのような分野ならば博士課程からの中途入学に適しているか?」ということに関しては、別途お問い合わせください。
(と書きましたが、現実には博士課程から入学され、良い研究成果を着実に積み重ねている院生もいます。博士課程からの進学希望のかたは、まずはご相談下さい。)
4. 主に留学生の大学院受験生の方へ
当ラボには留学生のかたも多く参加しています。留学生のかたがたから良くある問い合わせへの回答を、以下に記載しておきます。
4.1 語学力について
早稲田の大学院入学試験に際しては、日本語や英語の能力試験の結果の提出が求められます。これに関して「合格には何点くらい必要ですか?」という質問を良く頂きますが、点数は明示的には回答出来ません。
ただ、日本や海外の大学を見てきた個人的な感想としては、一般的にどこであれ大学院レベルの高度な研究活動を、修業年限のなかで終えるために必要な語学力は、「CEFRレベルでC1以上」であると感じます(参考:各種英語試験の場合; JLPTの場合)。
それ以下の点数でも入学できることはありますが、多くの場合は留年してしまったり、指導教員の先輩と言語的な問題でうまく議論できず、なかなか研究を深められないため、修業年限を超えてしまうようです(つまり2年の修士を3年かかる、など)。入学後に語学で苦労しないように、参考にしてください。
4.2 日本語・英語以外のメディアを対象とした研究テーマについて
中国語など、指導教員の私が熟知していない言語の研究テーマは、ゼミ/ラボともに受け付けていません。こうした言語に依存したテーマを選ばれてしまうと、指導の際に「分析上の解釈が正しいかどうか」を私が判断できないためです。
たとえば、院生がWeibo(微博, 中国のソーシャルメディア)の分析を行った場合、そこで交わされている議論の質的評価の正しさは、私には担保できません(ソーシャルメディアの会話は、しばしば通常の言語をさらに崩したものになっているからです)。このため、仮に「分析結果が恣意的な解釈になっているのではないか?」という疑問を持ったとしても、研究している学生から「先生は中国語のニュアンスがわからないからです。私の分析は正しいです」と主張されても、それを検証することができません。こうした理由により、私の理解出来ない言語のメディア分析はお断りしています。
国際比較メディア研究は受け入れることもあります(が、安易に選ぶべきでは無い)
「国際比較メディア研究」については、サブアドバイザーに日本語や英語以外の分析対象言語が使える先生を選ぶことで、例外的に受け付けることもあります。ただし国際比較研究それ自体、かなり困難なテーマです。たとえば日本語メディアと中国語メディアの両方を研究するならば、単純に考えてもどちらかだけ研究するよりも倍近い努力が必要になります。このため、年限通りに修了するのは難しいかもしれません。
また、そもそも国際比較研究は本当に難しいものです。国が違えば言語だけで無く、メディアの仕組みも、メディアの作法も全く異なりますから、多くの研究は「異なる国のメディアを分析した結果、それぞれの国で議論内容が異なることがわかった」という循環論法の「面白くない」研究結果になりがちです。安易に選ばないよう、注意してください。
5. その他の注意点
良くある質問について、箇条書きで回答しておきます。
- 研究計画書の添削はできません:修士課程の応募に際して、事前に私に研究計画書を送付される方がいらっしゃいますが、不公平にあたるため、個別の添削はできませんので御容赦下さい。研究計画書は、あなたの現在の研究能力を測るための課題です。
なお、まだまだ入学前の学部生は先行研究に関する知識が足りないので、ほとんどの人が入学後に研究計画を全く違う内容に変更しています。 - 博士課程における経済支援:この反知性の時代に、あえてより深い学びを得て自らを高めたいというかたは応援したいと思います。経済的理由により進学をためらっている場合には、当方の頂いている研究費によって支援出来る可能性がありますので、お気軽に・早めにご相談下さい。
6. 最後に
注意を色々と書き連ねましたので、怖い印象を持ったかも知れません。しかし、集まってくれている人びとのおかげもあって、毎週のゼミやラボミーティングは和気藹々としており、また同時に鋭く深い議論が飛び交う楽しく充実した研究室になっています。
あなたと一緒に研究し、互いに学べることを楽しみにしています!