社会階層と大衆音楽消費の関係は?

早稲田大学政治経済学部ゼミ生の卒業論文概要書です。

社会階層と大衆音楽消費の関係は?
―YouTubeコメントの分類から社会階層を推定する―

Author: I.H. (2019年3月卒)

研究目的

近年、メディアで日々多くの格差問題を目にするように、現代日本社会において格差は広がっているという認識がある。そして、この不平等社会を能力や向上心の欠如で正当化する考えは中上流階級の人々に広まっているように見える。しかし、実際には社会階層は個人の能力の結果のみで決まるものではなく、生まれた環境や消費する文化が大きく影響する。

本研究では、大衆音楽消費と社会階層の関係を研究することで、階層や文化消費の再生産は起こっているのか、再生産に加担する要素は何か、また今後社会格差は広がるのかを知る手がかりを得ることを目的とした。

しかし、本研究の結果では、社会階層と大衆音楽消費の関係を表すことはできなかった。そしてそれは、大衆音楽消費の画一化や、短文テキスト分析による社会階層研究の限界を意味する。

研究の背景

社会階層と文化消費の関係はhomology argument, individualization argument, omnivore-univore argumentの3つに落とし込むことができる。homology argumentは、社会階層と文化消費には密接な関係があり、階層の高い人が消費する文化と階層の低い人が消費する文化は違う、という議論だ。反対にindividualization argumentは、現代社会、特に先進国では社会階層と文化消費には関係がなく、各々の嗜好によって消費する文化は違うという理論である。そして、omnivore-univore argumentは、階層の高い人は一人が多くのジャンル、種類の文化を消費し、階層の低い人においては、一人が消費する文化の種類やジャンルはより少ないという理論である。現代の音楽消費全体においては、omnivore-univore argumentが有効である(Chan & Goldthorpe, 2006)。

しかし、大衆音楽は今や国民の大多数が消費するものであり、大衆音楽のなかでも社会階層によって消費する音楽の性質は違うのではないかと考えられる。本研究では、日本の大衆音楽消費がhomology argument, individualization argument, omnivore-univore argumentのどれに当てはまるか解明する。

また、本研究では大衆音楽の消費の場としてYouTubeのコメントを分析対象とした。そこで、YouTubeのコメントは相互作用を持ち、ある動画に対してコメントしたユーザー集合は何らかの共通した特徴を持っているのか、また、共通の特徴とは何かを解明することも目的とする。

研究の方法と結果

本研究ではYouTubeのコメントをトピックモデリングで分類した。日本レコード協会の統計によると、2017年度、主な音楽視聴手段としてYouTubeを上げた割合は61.6%に及び、音楽の消費において最もメジャーな手段はYouTubeだといえる。また、YouTubeにはコメント機能があり、ユーザーの特徴をコメントから推定できると考えられる。そのため、YouTubeのコメントを研究対象とした。また、音楽のジャンル分けは商業的に作られたものであり、細かくジャンル分けすると際限がない。そこで、本研究ではまず様々な曲に対するコメントをいくつかのトピックに分類し、トピックごとの分類基準を探る。そして、その分類基準のなかに社会階層があるかどうか検証することで仮説を証明する手法をとる。この手法に適していたのがトピックモデリングだ。

分析では、分類するトピック数を決定する分析、コメントデータをトピックに分類する分析、曲ごとのコメントを、どのトピックに類似度が高いか調べる分析の3つを行った。分析の結果、最適トピック数は56に決定した。トピックの分類結果と、曲ごとのコメントの類似度の結果は表に示す。

考察と結論

本研究では、社会階層と大衆音楽消費の関係を表すのに最も近い議論を決定することはできなかった。コメントを社会階層によって分類することが困難だったためである。ただ、本研究の結果から、YouTubeのコメントは普遍的で、同じ議論が繰り返されているのではないかと推測できた。ユーザーは、YouTubeのユーザーという大きな枠組みのなかで社会的意味を生み出し、YouTubeを通じて画一的なコメントをするように変成されている。

社会階層の違いを見出すことは難しかったが、オンライン上の短文テキストを用いて、語彙の使用パターンや単語の共起性から社会階層研究を行うことの限界を示すことはできた。YouTubeのユーザーの社会階層を推定し、社会階層と大衆音楽消費の関係を特定するには、別の手法が必要だろう。

【参考文献】

[1] Pierre Bourdieu & Jean Claude Passeron. (1964). Les Héritiers : Les étudiants et la culture. (ピエール, ブルデュー. & ジャン = クロード, パスロン. (1997). 『遺産相続者たち』. 石井洋二郎, 訳. 藤原書店.)

[2] Wing Chan, T., & Goldthorpe, J. H. (2007).: The Social Stratification of Cultural Consumption: Some Policy Implications of a Research Project.: Cultural Trends, 16(4), 373–384.

[3] 日本レコード協会. (2018). 2017年度 音楽メディアユーザー実態調査. 参照日: 2018年12月18日, 参照先: 一般社団法人日本レコード協会: https://www.riaj.or.jp/f/pdf/report/mediauser/softuser2017.pdf

[4] 渡辺潤. (2000). 『アイデンティティの音楽―メディア・若者・ポピュラー文化』. 世界思想社.

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