車内マナーポスターにおける社会規範の作用

早稲田大学政治経済学部ゼミ生の卒業論文概要書です。

車内マナーポスターにおける社会規範の作用

Author: M.A. (2019年3月卒)

研究目的

「日本人はマナーの良い国民」であるという世界からのイメージをよそに、現代の日本社会では特に身近な例を挙げれば鉄道車内・駅構内でのマナー意識の低下が問題となっている。これに対し、鉄道会社側も対策を講じ、マナーを喚起するポスター制作に力を入れている。ところで、先行研究では人間の行動には、規範、特にマナー遵守には社会規範が大きな影響を及ぼすと報告されている。では、マナーポスターの役割とは一体何であるか。それは、メッセージの受け手の規範に訴えかけ、マナー遵守を導くことである。そこで、「マナーポスターが人々に規範的に行動を促すには、どのようなメッセージを伝えたら良いのか」という問題が浮かぶ。本研究では、既存のマナーポスターのメッセージを分析し、メッセージタイプの整理とそこに社会規範が現れるかどうかの検証をした。

研究の背景

マナーを守る行動/違反する行動についての研究は、理論的なものからフィールド調査まで幅広く行われてきた。Cialdini, Reno & Kallgren (1991)によれば、人間の行動に影響を及ぼす規範には「個人規範(personal norms)」と「社会規範(social norms)」がある[1]。社会規範には「命令的規範(injunctive norms)」と「記述的規範(descriptive norms)」がある。この研究をもとに日向野ら(2012)は迷惑行為に関する行動決定には社会規範が影響を及ぼすとし[2]、川村ら(2015)と北折ら(2000a)は違反抑止には社会規範の中でも特に記述的規範が重要であると報告した[3]。しかし、現行のマナーポスターについて、そもそも研究されている例が数少ない。そこで、本研究では“既存マナーポスターの伝える規範的メッセージ”について、計量テクスト分析を用いた内容分析を試みた。これにより、電車利用者のマナー向上を促すため、社会規範に関する先行研究結果と現状のマナーポスターのメッセージ性にはギャップがあるのかどうか、あればその差をどのように埋めることが可能であるか、公共交通機関のマナーポスターの適正を検証できるであろう。

研究の方法と結果

本研究では、計量テクスト分析・クラスター分析を用いて、マナーポスターの量的内容分析を行った。まず、メッセージに使用されているフレーズを整理するため頻出語抽出を行った。手順として、ポスターのテクストデータをサクラエディタ(2015, Ver. 2.2.0.1)によってテキストファイル化し、自然言語処理ソフトのKH Coder(2015, Version 2)を用いて、ツールの「抽出語リスト」より頻出150語をリスト化した。次に、ポスターの視覚的メッセージを読み取り、本研究の前提にある「個人規範」「社会規範」のどちらに訴えかけるものであるかをコーディングした。

以上2つの事前分析で得られたデータをもとに、SPSS Statistics (IBM co., 2017; Ver.25)で階層クラスター分析を行い、生成されたマナーポスターのグループを、さらに詳細に分析しそれぞれがどのような特徴を持つグループであるのかを調査した。その結果、クラスターは5つ生成された。グループごとに洗い出した要素を社会規範の定義に当てはめたとき、クラスター1、2、4、5は社会規範を反映していると推察でき、特に2には記述的規範までを見出すことができた。

考察と結論

本研究の分析を踏まえると、マナーポスターの過半数は社会規範が示されていると言うことができた。なぜなら、ヒューマンコーディング結果(表1)より、サンプルの過半数は “マナー違反をした場合の様子を掲示して警告している”タイプであることが分かったからである。日向野ら(2012)によれば、これは“自分がどう思われるか”という意識であり、そこには社会規範が作用していると言える。このことから、1つ目の「マナーポスターには、個人規範よりも社会規範を反映したメッセージの方が多く含まれている。」という仮説は立証することができた。

次に、すべてのマナーポスターをクラスター分析したところ、それらは5つのグループに分けることができた。各グループの共通性を読み取った結果、“決まり文句型”・“協力お願い型”・“イレギュラー型”・“迷惑たしなめ型”・“物理的配慮呼びかけ型”という5つの表題を付けることができた(表2~表5)。

さらにそれぞれについて、どのような規範が反映されているか検討した結果、社会規範に訴えるメッセージタイプは“決まり文句型”・“協力お願い型”・“迷惑たしなめ型”・“物理的配慮呼びかけ型”であり、この4つのタイプは他者の存在を直接的・間接的に暗示しているため、社会規範を反映していると考察できた。その中で、特に”協力お願い型“のグループに関しては「整列乗車」のテーマの多さが際立っており、周囲の人に合わせた行動を推奨するという記述的規範を反映したものであると結論付けた。

よって2つ目の「社会規範を反映したメッセージでは、命令的規範よりも記述的規範が多く反映されている。」という仮説については、記述的規範と認められるメッセージタイプは把握できたものの、命令的規範との比較ができるまでには至らなかった。今後の展望として、さらに厳密なメッセージタイプの分類と、そのメッセージタイプモデルを使用した実地調査で実際の効果の検証がなされることが望まれる。


[1] Cialdini, R.B., (1991) A Focus Theory of Normative Conduct: A Theoretical Refinement and Reevaluation of the Role of Norms in Human Behavior Use the “Insert Citation” button to add citations to this document.

[2] 日向野智子, 金山富貴子, & 大井晴策. (2012). Annoying Behavior in a Train and Embarrassment. Retrieved from http://repository.ris.ac.jp/dspace/bitstream/11266/5084/1/shinrinenpo_003_001.pdf

[3] 川村竜之介,谷口綾子,大森宣暁 & 谷口守(2015)「公共交通車内における協力行動と規範に関する国際比較」土木学会論文集D3. Vol.71(5), I_511-521. ; 北折充隆, 吉田俊和. (2000) 「記述的規範が歩行者の信号無視行動におよぼす影響」 社会心理学研究, 16(2), 73–82.

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です