DTC遺伝子検査に関する商業広告の内容分析

本ラボを修了した、早稲田大学大学院 政治学研究科ジャーナリズムコース 修士課程修了生の論文概要書です。

DTC遺伝子検査に関する商業広告の内容分析
―子供の才能鑑定サービスを中心に

Author: S.J.(早稲田大学政治学研究科ジャーナリズムコース, 2019年3月修了)

研究目的

今や遺伝子検査技術は医療行為の枠を越えて、広く一般化しつつある。一方、本来測ることはできない人間的な価値までも遺伝子レベルで測定する行為には、多くの倫理的問題が存在する。本研究は子供の才能鑑定サービスの広告内容の分析を通じて、子供の権利に関する倫理的問題を明らかにすることを念頭に置いた。

研究の背景と意義

遺伝子検査とはゲノムおよびミトコンドリア内の、原則的に生涯に渡って変化しない、人間が生来的に保有する遺伝学的情報を明らかにする検査のことを指す[1]。遺伝子検査を応用して誕生したのが、DTC遺伝子検査(direct-to-consumer genetic test)という、消費者が医療機関を通さず、インターネットを通じて遺伝子検査を受けるサービスである。DTC遺伝子検査サービスは肥満や薄毛の遺伝子検査など多岐にわたるが、中でも特に倫理問題を含んでいると目されるのは「子供の才能鑑定サービス」であろう。これはネット経由で子供の遺伝子レベルの「潜在能力(特に学習能力、身体能力と感性)」を検査し、養育指針や時には学習教材を提供するサービスである。これらのサービスの提供会社は、子供の個性を磨くための情報や子育てのアドバイスを提供し、親の悩みを解決することを謳っている。

子供の才能鑑定サービスについては、主に三つの問題点が指摘されている。まず、提供されているサービスに<科学的妥当性>が希薄であり、ほとんどないとすら言えることである[2]。また、不適切な売り文句で<過大な広告>を行うことの是非についても十分な議論がなされていない。さらに本研究に関連した最も重要な点として<子供の権利の侵害>という問題がある。すなわち、親が子供の才能鑑定サービスを利用した結果、子供の人生に過度に介入する可能がある。霜田(2013)はこれについて「子供の才能・能力の人間学的・社会的評価(投資対象=モノ化など)が検証されるべき[3]」であると指摘している。

このような背景に基づき、本研究では「子供の才能鑑定サービス」の実態を把握するため、宣伝広告を分析することを課題とした。この目的に即し、次のような探索上のリサーチクエスチョン(RQ)を立てた:[RQ1]ウェブ上で宣伝広告はどのように消費者を煽り立てているのか。[RQ2]ウェブ上のサービスの宣伝広告は、Nussbaum(1995)の「モノ化」理論[4]に基づいて、子供の「モノ化」、すなわち、子供をモノとして見る傾向を助長しているか否か。

研究の方法と結果

本研究は、商業広告のウェブページを分析対象とした。研究対象としては、消費者向け遺伝子検査キットを取り扱う関連事業者から、キット販売のみを行う代理店、提供店舗を含めた上で、日本の子供の才能鑑定サービスの実施を表明している6事業者を抽出した。これらの宣伝サイトに対し、内容分析の手法を用いた。質的分析を行い、宣伝サイトの売り文句のパターンに対してインビボコーディング(in vivo coding)を実施した。

分析の結果、子供の才能鑑定サービスに関する広告には、主に<親の悩みの解消>、<教育負担の低減>、<個性の選択的錬磨>と<環境の整備>の4つのカテゴリーが存在していると判断した。特に先行研究に示されてない、<環境の整備>の中に「努力の神話化」、すなわち子供の才能を発揮するためには、親の努力こそが不可欠であるという働きかけが確認された。

考察

分析の結果、予想に反して親が子供を「肉体的に」モノ化している傾向は伺えなかった。その一方で、親がこの種のサービスを受けさせることにより、自らの欲望を子供に押し付けるという「精神的モノ化」の傾向が明らかになり、この点でDTC遺伝子検査サービスの商業広告は「モノ化」を助長していると判断した。現時点では、子供の才能鑑定サービスには広告規制がない。しかし本研究が見いだした倫理的問題の有様は、適切な規制も視野に入れた議論の必要性を示唆しているであろう。


[1]日本医学会.(2011 年2月).「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」. 参照先: http://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.pdf (最終閲覧日2019年1月8日)

[2] 経済産業省.(2013年2月).「平成24 年度中小企業支援調査(個人遺伝情報保護の環境整備に関する調査)(遺伝子検査ビジネスに関する調査)報告書」. 参照先:http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/bio/24gaidorain.pdf(最終閲覧日2019年1月8日)

[3] 霜田求. (2013). 「遺伝学的検査ビジネスをめぐる倫理と法:祖先検査と子ども才能検査を中心に」.『遺伝情報のプライバシーと遺伝子差別の法規制報告書』, 165-177.

[4] Nussbaum, M. C. (1995). Objectification. Philosophy & Public Affairs,24(4), 249-291.


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