早稲田大学政治経済学部ゼミ生の卒業論文概要書です。
Author: W.P. (2019年3月卒業)
(1)研究目的
2010年の流行語大賞に、「イクメン」がランクインした。イクメンとは、「子育てを楽しみ、自分自身も成長する男性」のことである。男性の育児が珍しいからこそイクメンが流行したのならば、イクメンという言葉が使用され続けている今、実際に育児・子育てに積極的に関与する父親は増えたのだろうか。本研究ではイクメンに関する新聞紙の期間比較、Yahoo!コメントとツイートの比較をすることで、現在の男性の育児がどのように語られているのかを明らかにした。
(2)研究の背景
父親に期待される役割は、時代とともに変化している。多賀は、近年の父親に期待される役割はしつけをする「権威としての父親」と、世話をする「ケアラーとしての父親」が混ざったもので、さらに勉強面のサポートをする「チュータリング」としての役割が求められるようになっているとした(多賀,2010)。また、夫婦間の家事育児分担を研究した久保は、夫のジェンダー平等意識、妻の年収や労働時間、夫婦の情緒関係などが夫の家事・育児分担に有為に影響する(久保,2017)ことを明らかにした。父親に求められる役割像や、夫婦間の役割分担とその心理的影響についての先行研究はたくさんあるが、イクメンの語られ方の内容分析を行った研究はなかった。
本研究は、理想の父親像であるイクメンの、メディアでの語られ方について、流行期と収束期、メディア空間の違いによる差異を発見したという新規性がある点で、社会的意義がある。
イクメンに言及する新聞記事を、流行期として2016年以前、収束期として2017年以降に区間分けし、定量テキスト分析をすることで、「イクメンの語り口は、流行時と収束時において変化している」という仮説1を検証した。また、「Yahoo!コメントとツイート空間においては、イクメンを男性批判的文脈で使用している」という仮説2を検証した。
(3)研究の方法と結果
まず、仮説1の検証を目的に、イクメンを見出しまたは本文に含む新聞全国紙4紙を収集した。計量テキスト分析(頻出語150語と特徴語の抽出、階層的クラスター分析、対応分析)を行った。また、「ワンオペ育児」とイクメンの収束期の比較も行った(頻出語150語と特徴語の抽出)。
次に、仮説2の検証を目的に、イクメンを見出しまたは本文に含むYahoo!ニュースのうちコメントが80件以上ついているニュースを対象に、「そう思う」順上位50コメントを収集した。計量テキスト分析(頻出語150語)、ヒューマンコーディングと階層的クラスター分析、質的内容分析を行った。また、「イクメン」に言及するツイートは1ヶ月間収集し、ヒューマンコーディングと階層的クラスター分析を行った。
仮説1に関する結果として、流行期の特徴的な語は「支援・制度」であり、収束期のそれは「言葉・意識・改革・家」であった。階層的クラスター分析で収束期において、学生の声、上司の意見、改革が特徴として現れた。対応分析では、日経は制度から意識へ、その他三紙は政治・行政から家庭への移動が見られた。
仮説2に対する結果として、Yahoo!コメントでは女性視点、男性批判、イクメン批判の結果になり、ツイートでは男性視点、男性擁護、イクメン肯定の結果となった。また、イクメン肯定もさらに3パターン化することができた。
(4)考察と結論
仮説1について:イクメンの流行期においては、支援を中心に報道し、目指すべき・増やすべき存在としてのイクメンが描かれていたが、“自治体による支援制度”の整備だけでは男性の育児参加を助長するには至らず、収束期では“共働き家庭における負担の声”に焦点が当てられ、“個人の意識改革”や“企業の働き方改革”の重要性が説かれるようになっていたと推測できる。また、増えているイメージがある父親の育児参加が実際は不足しているため、ワンオペ育児が注目され、育児に関する議論の場がイクメンからワンオペ育児へと移動している可能性がある。以上より、仮説1(イクメンの流行期と収束期とでは、イクメンに対する語り口が変化している)は立証されたと言えるだろう。
仮説2について:Yahoo!コメントではイクメン・男性批判的、ツイートではイクメン・男性擁護的なツイートが多かったことがわかった。しかし、新聞では男性の育児参加が増えない原因を、企業の意識改革不足やキャリアとの両立の難しさに繋げられていた点と比較すると、Yahoo!コメントやツイートにおいては社会問題として捉える声は少なく、クラスターにも日本社会や企業への不満は現れなかった。むしろ、男性の家事・育児の不足の原因は男性の理解不足であるとする傾向が見えた。よって、仮説2(SNS空間上ではイクメンを男性批判的文脈で使用している。)は、Yahoo!コメントの結果においては、ある程度立証されたと考えられる。
ツイートについて、男性擁護が多かったことの一つの要因として、収集期間にイクメンの日とイクメンオブザイヤーの発表が含まれたことが考えられる。、今回リツイートを含めない抽出や、長期間の抽出によって、結果が変わる可能性が高い。
【参考文献・脚注】
久保桂子.(2017).共働き夫婦の家事・育児分担の実態,(689),17–27.
多賀太.(2010).「父親の家庭教育」言説と階層・ジェンダー構造の変化
【参考文献・脚注】
久保桂子.(2017).共働き夫婦の家事・育児分担の実態,(689),17–27.
多賀太.(2010).「父親の家庭教育」言説と階層・ジェンダー構造の変化