日本におけるHPVワクチン議論の論点と議論参加者の特性―誰がどのようにHPVワクチンに関して議論するのか

早稲田大学政治経済学部ゼミ生の卒業論文概要書です。

Author: K.R. (2020年3月卒業)

概要
 本稿は、Twitterを分析対象とし、現在の日本のHPVワクチン(Human Papilloma Virus Vaccine, HPVV)に関する議論において中心的である論点と、議論参加者の特徴を明らかにするべく分析を行った。

 分析の前にHPVV議論に関する先行研究を確認した。まず、ソーシャルメディア上のHPVV議論の様相について、アメリカ合衆国におけるMySpace上のHPVVに対してポジティブなブログでは、HPV感染の脅威とHPVV予防接種の効果が主張され、ネガティブなブログでは、予防接種のリスクに焦点が当たっていた(Keelan et al.,2010)。予防接種のような公衆衛生と功利主義は深い関係にあるとされるが(児玉,2012)、日本におけるTwitter上のHPVV議論では、功利主義的論点が中心になっているのではないだろうか。

 次にHPVV議論の参加者については、文化的な価値観の違いがHPVVの利点やリスクを認知する際の不合意を生んでいるという指摘がある(Kahanetal.,2010)。ここで、日本のHPVV議論に注目すると、医療関係者とHPVVによる副反応被害を訴える被害者またはその関係者との間に対立構造が浮かび上がった。人はネットワーク上で似た人と枝を結ぶことを好む傾向がある(カルダレリとカタンツァロ, 2012=2014)ため、Twitter上においてHPVV推進派と反対派で分極化が起きている可能性がある。

 最後にHPVV議論参加者の党派性に注目した先行研究を確認した。日本では、右派政党はHPVV推進派であり、左派政党はHPVV反対派であるとみられる。日本におけるTwitter上の議論では、政治的志向が似た人々の間で関係が収束していく傾向があるため(瀧川,2018)、Twitter空間では、HPVV推進派は右派政党に近接しており、反対派は左派政党に近接しているとみられる。

 以上を踏まえ、本稿では仮説を3つ設定した。仮説1は「日本におけるHPVV議論は功利主義的議論が中心であり、ワクチン賛成派は子宮頸がん被害の撲滅を主張し、反対派はワクチンによる副反応被害の重大性を主張する」である。仮説2は「HPVV賛成派と反対派は分極化しており、賛成派は医療関係者が中心で、反対派はHPVVによる副反応の被害者またはその関係者が中心」である。仮説3は「HPVV賛成派はHPVV推進派政党に近接性があり、反対派政党に近接性がない。一方で反対派は推進派政党に近接性がなく、反対派政党に近接性がある」である。
仮説1検証では、まず、HPVVに関するツイートを収集し、それらをHPVVに対するポジティブ/ネガティブ評価と、HPVVに関する論点の2軸で、ヒューマンコーディングによって分類し、信頼性検定を行った。そして分類結果から、HPVV議論における中心的な論点と、評価ごとにどの論点のツイートが多かったかを確認した。また、ポジティブ/ネガティブツイートの中で主要な論点のツイートの頻出語を確認した。
 仮説2検証では、まず、HPVVに関するツイートをしたアカウント同士のフォロー/フォロワー関係のネットワーク図を描画した。次にモジュラリティ(Modularity)によるクラスタの検出を行い、抽出された各クラスタのポジティブ/ネガティブ度を算出した。そしてポジティブ度の高いクラスタ内の中心的なポジティブアカウントと、ネガティブ度の高いクラスタ内の中心的なネガティブアカウントを抽出した。最後にそれらのアカウントのプロフィール情報を利用した対応分析と特徴語の抽出を行った。

 仮説3検証では、HPVV議論参加者の党派性を、ポジティブ/ネガティブ評価で分類したTwitterアカウントと政党公式Twitterアカウントとの近接性と定義し、それらのアカウント同士の間にいくつのTwitterアカウントがあるか、を計測することによって近接性を測定した。本稿では右派政党として自民党と公明党を、左派政党として立憲民主党、れいわ新選組、そして共産党を分析対象の政党とした。

 なお、分析にTwitter上のデータを用いることの妥当性については、検討の結果問題ないと判断し、分析に用いたTwitter上のデータについては、倫理的配慮を行った。

 分析の結果、仮説1については、ある程度支持することが出来た。まず、HPVVに関する論点による分類の結果、本稿で功利主義的論点と定めた子宮頸がんと副反応に関するツイートが最も多かったため、Twitter上におけるHPVV議論では、功利主義的な議論が中心的であるとした。さらに評価ごとの論点ツイート数の比較(表3-1-4)と頻出語抽出の結果、HPVVに対してポジティブな人の主な論点は、子宮頸がん被害の撲滅であり、HPVVに対してネガティブな人の主な論点は、HPVVによる副反応被害の重大性であると推測された。

 仮説2についてもある程度立証することが出来た。まず、フォロー/フォロワー関係のネットワーク図(図3-2-1)から、Twitter上において、HPVVに対してポジティブなグループとネガティブなグループとで分極化していることが分かった。そして特徴語抽出と対応分析の結果、ポジティブ度の高かった2つのクラスタ内の、ポジティブアカウントの中では医療関係者が中心であった。またネガティブ度の高かったクラスタ内の、ネガティブアカウントの中ではHPVVによる副反応被害者もしくはその関係者が中心であった。

 仮説3については仮説と異なり、公明党以外の4政党に対して、ネガティブ度の高いクラスタのネガティブアカウントの方が近接しているという結果となった。ここで、ネガティブ度の高いクラスタはネットワーク密度が比較的高く、クラスタごとのTwitterプロフィールの特徴語(表3-2-2b)を見ると、子宮頸がんワクチン被害者連絡会を中心とした団体としての性格があると分かった。団体のメンバーは政治的な関心が強い(Denny&Doyle,2008)ため、本稿では検証結果を、「HPVVに対してネガティブな評価をするクラスタのHPVVにネガティブな人たちは、政治に対する関心が高い」と解釈した。

 最後に本稿の社会的な意義として、予防接種や医療に関する問題への提言と、オンライン上で政治的情報を消費する際の留意点についての指摘が出来たことが挙げられる。第1に、予防接種に関する議論が功利主義的議論に終始することが、多面的な議論の促進を阻害することを指摘した。第2に、医療問題における専門家と一般人の溝を埋める存在の必要性を再確認した。第3に、オンライン上で政治的情報を消費し、自身の政策や政党の選好を判断する際は、情報の発信元の特性を確認しつつ、多面的に情報を解釈する必要性があるとした。

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