SNSにおける、「お弁当」というメディアの変容

早稲田大学政治経済学部ゼミ生の卒業論文概要書です。

Author: T.S. (2020年3月卒業)

概要

1.研究の目的

 本研究の目的は、「お弁当写真」というメディアが、TwitterやInstagramなどのSNSを通して、どのように変化したかを捉えることである。SNSの普及に伴い、TwitterやInstagramなどの画像共有SNSを通し、自分自身の生活を外部に発信する人が増えた。本稿ではこのうち、自身の作ったお弁当を「シェア」する文化に着目した。選定した3つのハッシュタグ「#お弁当」「#jk弁当」「#お弁父」の投稿に対して計量テキスト分析・ヒューマンコーディング・画像分析を行い、お弁当が持つ「食べるもの」という本来の目的と、「見せるもの」という社会的価値観の乖離について考察した。

2.研究の背景

 人々は昔から、絵はがきやメールなどを通して写真を親しい周囲と共有することで、まるで共有された全員が写真の中に存在しているように感じられるコミュニケーションを楽しんでいた(Gillen, 2016)。SNSが発達したことで、写真の共有範囲は大きく広がった。すなわち、写真がインターネットに流れることにより、そのメディアそのものが、写真を撮った人間が面識のない周囲の視聴者に広がったのだ(Zappavigna, 2016)。この結果、写真を通して「自分自身」を他者に伝えることの重要性が高まった。人々は、自分自身の存在を様々な社会的活動に関連付け、ソーシャルネットワークに伝えるようになった。また、SNSの発達は人々の承認欲求をかき立てた。実社会とは異なり、SNSは非常にはっきりした承認基準を持つ。その結果、他人との比較が容易になり、人と比べて高い承認を得たいという欲求が強化されることになった。
 以上の議論を踏まえ、本稿ではリサーチクエスチョン「SNSを通すことで、「お弁当」というメディアはどのように変容しているか」を提起し、それに対する仮説を以下に設定した。
仮説1:お弁当の写真をアップする人々は、写真共有という行為を通して承認欲求の充足を図ろうとしている。仮説2:お弁当作成は、ただの家事から「高レベルの社会的活動」、そして「消費されるもの」へと既に変わっている。
これらの仮説を検証しながら、SNSにおいて、「お弁当」というメディアがどのように変容したかについて分析していく。

3.研究の方法と結果

 研究に当たって、SNSごとの投稿の違いを確認するため、TwitterとInstagramを選択した。さらに、全体的な傾向と男女差を見るため、「#お弁当」「#jk弁当」「#お弁父」の3つハッシュタグをつけられて投稿されたデータを収集した。Pythonを用いてTwitterからテキストデータ、Instagramからはテキスト・画像のデータを収集した。
 まずKH Coderを用いてテキストデータに対する計量テキスト分析を行った。結果、どちらのSNSでもハッシュタグごとに特定・固有のキーワードは存在しておらず、語彙の使用パターンは不偏的なものであると分かった。
続いてヒューマンコーディングを行ったところ、Twitterでは「自分の話」、Instagramではお弁当に関する「レシピ紹介」をする投稿の割合が多いということが明らかになった。ただしInstagramでは、レシピの紹介をするよりも自己開示をした方が、特にポジティブな話を展開した方が、他者からの反応を多く得ることができるということも明らかになった。男女差については、男性は女性に比べて投稿で自己開示を行う割合が低く、「写真を共有する」行為自体の趣旨からあまり外れた行動をとらないという傾向が見られた。
 最後にInstagramの画像を分析した結果としては、「お弁当」と「jk弁当」それぞれのハッシュタグをつけて投稿された写真は、彩度・温度ともに様々な色が使われていた。一方「お弁父」のタグをつけて投稿された写真は色味が暖色系に偏っており、華やかさにはあまり注目していないことが読み取れた。

4.考察と結論

 仮説1に関しては、ポジティブな自己開示をした方が他者からの反応を得られるということから、写真以上に自己開示をすることの方を重要視していると捉えることができる。また、女性の投稿する写真は全体的に華やかであり、食べ物の色彩や背景にまで気を遣っていることから、コミュニティ内で受け入れられる「お弁当」という写真を通し、承認欲求の充足を図ろうとしていると考えられる。
 仮説2に関しては、仮説1を踏まえると、お弁当作りという日常的な行為は、SNSを通して共有されることで自己開示の材料となり、その目的で「消費可能な現象」に変容していると考えられる。以上の結果から、本稿では、人々は写真を共有するという行為を通して、写真に委託した自己を外部に発信しており、自己開示を通して承認欲求の充足を求めていると結論付けた。
 リサーチクエスチョンに対しては、お弁当作りという日常的な行為、及びそれを記録するメディアは、SNSを通して共有されることで自己開示の材料となり、その目的で「消費可能な現象」に変容していると考える。そして今後もSNSが発達していく中で、あらゆる日常体験は、非日常化という段階を通さないままに消費されていくことが予想できる。承認欲求の充足に身の回りのものを使用するようになると、他者との差別化を図ることが難しくなり、かえって欲求を満たすことが難しくなるというSNSの展望について論じることができた。

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