早稲田大学政治経済学部ゼミ生の卒業論文概要書です。
Author: O.T. (2021年3月卒業)
研究目的
日本を含め世界的に新型コロナウイルス感染症が流行しており、感染拡大のためのロックダウンや外出自粛要請が行われている。新型コロナウイルス感染症の重症化リスクと死亡リスクは、感染者の年齢が上がるにつれて大きく上昇する。一方で、自粛による社会経済活動の制限による影響は全世代に及ぶ。すなわち、若者と高齢者の間には、個人レベルの観点では感染拡大対策をとるメリットとデメリットで非対称性が生まれ、高齢者への認識が以前とは変化していると考えられる。こうした状況を受け、本稿では「コロナ禍における高齢者への認識を明らかにする事」を目的とする。
研究の背景
新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けて、社会経済活動への制限が行われている。しかし年齢という観点から考えると重症化リスク・死亡リスクには偏りがある。この偏りによって、感染対策に対するインセンティブを若者は高齢者より低く評価しており、一律的な感染対策の要請に不満を抱いている可能性がある。そして、社会経済活動への自粛であることから、その不満を基に「社会経済活動を復活させるべき」という主張を促すと推測される。
さらに、エイジズムと呼ばれる年齢差別もコロナ禍における高齢者への認識に影響を与えていると考えられる。感染症の顕現性が高い場合、高齢者に対する偏見が強まる (石井と田戸岡, 2016[1])。故にコロナ禍では高齢者に対する否定的ステレオタイプ、具体的には「役立たず、貧困」というステレオタイプ(Palmore, 1995[2])が助長される事が予測される。したがって高齢者に対する認識を議論するうえでエイジズムも思慮する必要がある。
また、社会経済活動を復活させるために、高齢者の健康を重視せずに自粛を緩和させるべきという言説がTwitter上で見られる。こうした言説は、「命の選別(=トリアージ)」と同じ側面があり、その論点として救命可能性と治療緊急度が挙げられる。実際に、生命・医療倫理研究会はコロナ禍におけるトリアージでは、救命可能性が高い患者から治療し、患者の属性によって差別はしないと唱えているが、患者の年齢についての記述はない(生命・医療倫理研究会, 2020[3])。そして、海外では功利主義的観点から経済的生産性が低い高齢者よりも若者を優先すべきとの主張が行われ、それに対して義務論的観点からの批判も存在する。
以上の観点を踏まえ、本稿では「コロナ禍においてソーシャルメディア上で見られる、高齢者に対する認識はどのようなものか。そして議論の論点はどこなのか。」というリサーチクエスチョンを設定する。そしてこのリサーチクエスチョンを明らかにするために、以下の分析と仮説検証を行うものとする。
分析1:「高齢者ANDコロナ」を含むTweetの量的分析
分析2:ケーススタディ:「高齢者の健康より経済活性化を優先すべき」というTweetに寄せられた反応の
量的分析と質的フレーム分析
仮説:高齢者の健康は、若者による経済的生産性という功利主義的論点と対に比較される
この仮説を検討しつつ、「コロナ禍における高齢者」がTwitter上でどのように認識されているのかを分析する。
研究の方法と結果
研究方法については、Twitterで収集したデータを用いた量的分析と質的分析を採用した。使用したデータは大きく分けて2つで、1つ目は高齢者に対する包括的な認識を明らかにするために、「高齢者 AND コロナ」のTweet[4]を対象にした。そしてこのデータに対してKH Coderで量的分析を行った。2つ目は、「経済のために高齢者の健康を犠牲にすべき」という主旨のTweetに寄せられた反応のデータ[5]を使用した。このデータに対して、KH Coder3による量的分析とヒューマンコーディングによる質的フレーム分析を行った。
まず初めに、高齢者が新型コロナウイルス感染症とどのような文脈で語られているかを明らかにすべく、Twitterで一定期間、「高齢者 AND コロナ」を含むTweetの収集を行った。収集したデータに対して、KH Coder3を用いて特徴語分析[6]と階層的クラスター分析[7]を行った。特徴語分析によって、高齢者の健康や、経済や他世代などへの影響、ワクチン接種の優先順位の文脈で高齢者が語られている事が推察された。階層的クラスター分析の結果は特徴語分析とほぼ同様であったが、経済と若者が共に語られていた事が新たに推測された。
次に、高齢者の健康と経済的生産性をめぐる議論の論点を明らかにすべく、以下のツイートに注目した。
私一応もう高齢者だからはっきり言おう。高齢者の命を何人か救うために、経済を停滞させ、職を失い命を絶ったり、就職できずに将来の第2氷河期になってしまう若者を大量生産するというのは間違っている。人の命は皆重いが、若者の命は高齢者より大切にすべきだ。高齢者の多くも賛成すると思う。
(Twitter:2020 より引用[8])
このツイートに寄せられていたリプライと引用retweetに対して、[賛成/反対]と[根拠あり/ 根拠なし]の二軸でヒューマンコーディングによって分類を行った(結果は図1・2を参照)。その後、「賛成(根拠あり)」と「反対(根拠なし)」のリプライ、引用retweetに対して、KH Coder3を用いて特徴語分析を行い、それとヒューマンコーディングを基に質的フレーム分析を行った(結果は図3〜6を参照)。賛成意見では、「量的功利主義」フレームに当てはまる意見が50 %以上を占め、経済生産性の重視や将来の日本を憂いた言説が目立った。一方で、エイジズムに基づいた賛成意見は見られたものの少数であった。反対意見では、「義務論」フレームに当てはまる意見がそれぞれで33 %を占め、命の選別に対する倫理的批判を唱える意見が最も多く見られた。
考察と結論
考察では、「高齢者の健康は、若者による経済的生産性という功利主義的論点と対に比較される」という本研究の仮説が部分的に支持された事を立証した。そして、「コロナ禍においてソーシャルメディア上で見られる、高齢者に対する認識はどのようなものか。そして議論の論点はどこなのか。」というリサーチクエスチョンに対しては、ポジティブ・ネガティブな認識それぞれ2つが存在すると推測した。分析1からは、高齢者は「コロナ禍において脆弱な存在」と「経済的生産性やワクチン接種の優先順位の観点から他世代と比較される存在」として認識されていると推測された。そして分析2の質的フレーム分析からはポジティブな認識2点とネガティブな認識2点が存在すると推察された。ネガティブな認識は、「功利主義観点での切り捨てるべき存在」と「否定的エイジズム的認識」の2つである。ポジティブな認識は「世代に関係なく平等に守るべき認識」と「社会に必要な存在」の2つである。そして、災害トリアージとの論点を比較すると、功利主義や義務論といった共通する論点は存在するものの、救命可能性と治療緊急度は活発に取り上げられていなかった。これはTwitterユーザーの医療に関する知識量が限定されている事が原因だと考えられる。
最後に研究課題としては、分析1のデータが1ヶ月と限られた期間である点、分析2のデータ量が合計で3,000件と限られている点、分析2は既に設定された議題に対する反応を取り扱ったため、意見に偏りがあると考えられる点が挙げられる。したがって、今後は長期間にわたるデータを取り扱った分析が求められるほか、インタビュー形式の調査によってバイアスを排除した上で、高齢者に対する認識を明らかにする研究が求められる。しかし本研究は、高齢者に対する認識を一部分とはいえ明らかにし、エイジズムやトリアージといった複数の側面からアプローチをしたという点で意義がある。
[1] 石井国雄, & 田戸岡好香. (2016). 感染症脅威が高齢者に対する潜在的偏見に及ぼす影響 (1)–准看護学生を対象とした検討. 清泉女学院大学人間学部研究紀要= Bulletin of the Faculty of Human Studies Seisen Jogakuin College, (13), 13-23.
[2] Palmore, E. (1995). エイジズム : 優遇と偏見・差別 / アードマン・B.パルモア著 ; 奥山正司 [ほか] 訳. 法政大学出版局.
[3] 生命・医療倫理研究会.(2020).COVID-19の感染爆発時における人工呼吸器の配分を判断するプロセスについての提言. (最終閲覧日:1月13日) http://square.umin.ac.jp/biomedicalethics/activities/ventilator_allocation.html
[4] 前処理の語の取捨選択は[名詞・サ変名詞・形容動詞・固有名詞・組織名・人名・地名・動詞・形容詞・名詞B・動詞B・形容詞B・名詞C]。
[5] 同上。
[6] 出現回数、上位150語
[7] 集計単位:段落、最小出現数:540、最小文書数:1、方法:Ward法、距離:Jacard、クラスター 数:Auto、クラスターの色分け有、フォントサイズ 100 %、プロットサイズ:Auto
[8] 分析対象のTweet (最終閲覧日2020年12月3日)【公開にあたり割愛】