早稲田大学政治経済学部ゼミ生の卒業論文概要書です。
Author: K.D. (2021年3月卒業)
研究目的
人工肉とは家畜食肉生産の代替となる、実際の肉を模した動物の幹細胞から生成される肉であり、人口増加や環境問題、動物福祉の観点から今後必要となる技術[i]とされている。しかしながら、人工肉自体は研究段階の技術に過ぎず、実用にはまだ至っていないのが現状である。そのため、現在は研究が完成した将来、人工肉が消費者に受容されるか否かが懸念される。本稿ではTwitterを分析対象とし、人工肉議論の背景を明確化し、今どのような背景を持つ人々がどのような議論を行っているかを明らかにすることで、今後実用化する人工肉という技術が、どのように社会に受容されていくか、はたまた拒絶されるかを検討する。
研究の背景
人工肉の受容に関する先行研究として、社会受容の基準が人や集団によって多岐にわたり、商品に対する知識が受容を促進する可能性[ii]や人工肉の議論をする層が「菜食主義層」と「一般層」の他に、動物と人間が共存する社会を目指す「動物と人間の相互コミュニティを訴える層」の三つが存在すること[iii]や、人工肉が解決すると予想される動物福祉などの問題に対して、人工肉に反対する層は根本的な解決にならないと示唆した研究[iv]が存在する。これらの研究を踏まえると、人工肉の受容は人や集団それぞれによって基準が異なる可能性がある。
本稿では、人工肉を受容する基準が多岐にわたり、受容する層が複数存在する先行研究を踏まえ、Twitter空間上における人工肉の議論について分析を行った。分析に先駆け、現在の社会受容に関する問題を段階的に三つに区分した。一つ目は人工肉が現在進行形の技術であるため、一部の層でしか議論が行われず、反応が限定的になっている現状を受け、なぜ、認知されていないかを認知段階の問題として提起した。二つ目は人工肉の呼称差異(「人工肉」「代替肉」「培養肉」)によって、使い分け方と捉え方が人によって異なる現状から、各呼称において人工肉をどのように捉えているか、技術に対する認識の問題として提起した。三つ目は日本において認知が低い人工肉の議論では複数のコミュニティが関わっている可能性が示唆されているため、議論の背景を明確化するために、集団や個人の考え方にどのような背景を持つ人々が議論を行っているかを問題としてあげた。これらの問題を検討することで、日本における人工肉の受容の在り方、そして今後の受容の変容を明らかにする。
研究の方法と結果
以上3つの問題を分析するために、計6つの手法を取り、それぞれの結果から各問題を考察した。尚、それぞれの収集Tweet数はretweetを含め、「人工肉」が21,225 Tweet、「代替肉」が19,539 Tweet、「培養肉」が21,015 Tweetであった。まず、収集した全Tweetに対して量的内容分析によって、実際に議論が行われているか把握した。結果、人工肉が解決する問題に関する単語はほぼ出現しないことが分かった。
次に、各呼称と関わりが強い語句を明らかにするために対応分析を行った。図1がその結果である。そのうえでWordCloudを用いて更に分析を深めた。これらの結果から『研究』『技術』『細胞』といった人工肉の製造、研究に関わる言葉は培養肉付近で出現し、『合成』『添加』『栄養』といった健康を想起させる単語は人工肉に近く、反対に『市場』『ビヨンドミート』など市場に関する単語は代替肉近くで現れ、呼称と併せて単語の出現に差異があるとがわかった。その後、大衆に広まった議論を分析するため、retweetが多く行われたTweetを質的に分析した。結果、人工肉では新しい技術や企業の動きに対する市場動向、実現したときの懸念に言及しており、代替肉ではニュースとして事実を知らせている情報系が多く、培養肉では研究技術への着目や疑問系のTweetが大半であった。
▼図1:人工肉関係語を含むTweetを対象とした対応分析
次にアカウント同士のつながりから集団にある議論を分析するため、retweetネットワークの中心にあるアカウントのTweetに対して質的に分析した。一例としてあげた人工肉のretweetネットワークが図2であり、中心アカウントのtweet内容が表1である。結果、人工肉では総じて批判的や懐疑的なTweetであり、人工肉に対する食の安全性に関するネガティブな議論や動物福祉に関わる議論が多く、代替肉では市場動向を情報形式で流すTweetや動物の細胞を利用する点から批判的なTweetが大半を占めており、培養肉は研究開発のTweetに絞られているとわかった。最後に、議論にどのような問題意識があるか分類するため、Suppot Vector Machine(以下、SVM)を使用し、分析を行った。カイ2乗検定の結果、問題意識の分類は、各呼称によって影響がないとわかった。
▼図2:人工肉のReTweetネットワーク
考察と結論
これらの結果から、三つの問題に対して以下の考察を行った。一つ目の問題については、人工肉が解決するとされる問題に対する人工の関連語句の少なさから、ごく一部の層や人々によってでしか議論はなされておらず、「人工肉の議論において、人工肉が解決する問題を議論することは少ない」ことがわかった。また、人工肉がどのような技術であるか説明するTweetなどから現在は「技術が及ぼす問題解決の議論ではなく、知識がない人々に人工肉の認知を及ぼす議論が行われる段階」であることもわかった。
二つ目の問題については、出現頻度の高い語句や、主要アカウントのTweet内容、また、その語句を使用する議論の内容から「各呼称における議論において人工肉は食の安全性に対して懐疑的な議論、代替肉では市場に関する議論、培養肉は研究に関する議論に使用され、更に、動物福祉を訴える人たちが代替肉の単語を使用して議論することがある」とわかった。
三つ目の問題では、仮定として置いた思想的背景に関する操作定義が曖昧であったため、主にSVMを用いた分析で有用な結果は得られず、推測の域に留まった。
本稿の留保条件は、問題2で明らかになった結果からSVMにおける操作的定義の詳細にすることと、人工肉で「なぜ食の安全性に関する議論が多い」か、因果関係を含めて明らかにすることである。本稿の意義は、今後、技術の発展に伴い、より多くの人が認知できる人工肉の議論の必要性への提言と呼称によって人工肉に対する見方が変わることから名称や呼称の決定に慎重に歩む必要性が確認できたことが挙げられる。
[i] Post, M. J. (2012). Cultured meat from stem cells: Challenges and prospects. Meat Science, 670 92 (3), 297-301. https://doi.org/10.1016/j.meatsci.2012.04.008
[ii]Verbeke, W., Sans, P., & Loo, E. J. V. (2015). Challenges and prospects for consumer acceptance of cultured meat. Journal of Integrative Agriculture, 2015, 14, 285-294. https://doi.org/10.1016/S2095-3119(14)60884-4
[iii] van der Weele, C., & Drissen, C. (2013). Emerging Profiles for Cultured Meat; Ethics through and as Design. Animals 2013, 3 (3), 647-662. https://doi.org/10.3390/ani3030647
[iv] Hocquette, A., Lambert, C., Sinquin, C., Paterolff, L., Wanger Z., Bonny, S. P. F., Lebert, A., & Hocquette, J. F. (2014). Educated consumers don’t believe artificial meat is the solution to the problems with the meat industry. Journal of Integrative Agriculture 2015, 14 (2), 273–284. https://doi.org/10.1016/S2095-3119(14)60886-8