早稲田大学政治経済学部ゼミ生の卒業論文概要書です。
Author: Y.Y. (2019年3月卒業)
(1) 研究目的
メディアの多様化が進み、複雑に絡み合ってきた近年、ソーシャルメディアの浸透が著しい。
インターネットの登場は、不平等の解消へ繋がると期待されたこともあった。しかしながら、現在のソーシャルメディアにも既存の社会的分断がむき出しのまま横たわっていると指摘される(boyd, 2014=野中訳, 2014)。本稿では、「ももいろクローバーZ」のファン集団を指す呼称「モノ ノフ」を定量分析し、ソーシャルメディアにおける社会的分断が融合される可能性について議論する。それを通して、Twitter上の集団形成において、呼称(moniker)の役割を明らかにした。
(2) 研究の背景
ソーシャルメディアは目的や嗜好に従って使い分けられるが、その名目のもとに社会的分断は存在する。つまり、文化消費は社会構造の再生産であり(boyd, 2014=野中訳, 2014)、ホモフィリー(homophily)によって似た属性の人々が結ばれるため、社会的分断が生じる。では、同じ文化を消費しているファン集団ではどうだろう。”Little Monsters”(リトルモンスターズ)という呼称を使用するLady Gagaのファン集団では、ソーシャルメディアにおいて、Lady Gagaは”Monster”(モンスター)のネガティブな意味を再定義することで、ファンのアイデンティティを尊重し、自信を与えた(Click et al., 2013:376)。それによって、主流文化との違いから様々な面でマイノリティと自覚していた人々をまとめた。したがって、本稿でも集団の呼称に注目した。その役割を分析する際に必要な考え方として、行為遂行的言語(performative utterance)について言及しておく。これは、「発言を行うことがとりもなおさず、何らかの行為を遂行することであり、それは単に何ごとかを言うというだけのこととは考えられないということを明示することである(Austin, J. L., 1960=坂本訳, 1978:12)」。つまり、何かを発言した際には、その語を発したという事実だけでなく、発言をしたことによって同時に別の行為が遂行されていると述べられている。
以上の議論を踏まえ、同一の呼称を共有することによって、ソーシャルメディアにおける社会的分断が融合される可能性を探ることを目的とし、3つの仮説を検証する。
- 仮説1: 呼称は「繋がる」ことを促す行為遂行的言語である。
- 仮説 2: 同じ文化消費を持つもの同士でも社会的分断は存在する。
- 仮説 3: コミュニティ内で繋がりを構築しているのは呼称である。
これらの仮説を検討しながら、同一の呼称を共有するファン集団が、Twitter上でどのようにコミュニティを構築しているのかを分析し、集団形成における呼称の役割を明確にする。
(3) 研究の方法と結果
まず、呼称を発する行為は同時に「繋がり」を求める行為の遂行であることを検証する。そのために、Twitter上で「モノノフ」が本文中に含まれるツイートの収集を行い、呼称がツイートされた際の「繋がり」関連の語句との関係性を分析する。共起ネットワーク分析の結果からは「ももクロ」の媒介中心性が極めて高い。一方で「モノノフ」は、「ももクロ」と「繋がる」関連の語句のみと枝が繋がっていた。
次に、同じ文化消費を持つもの同士のネットワーク図はどのようなものかを調べるために、「ももクロ公式アカウント」のフォロー/フォロワー関係をネットワーク図にして描写した。モジュラリティによってコミュニティを検出し、分けられたクラスタごとの特徴を定量テキスト分析によって調べた。図3-2-2で示したとおり、クラスタは大きく6つに分かれ、明確なコミュニティ構造が検出された。クラスタごとの特徴的な語句としては、クラスタCが「ノフ」「推す」「フォロバ」など、「繋がる」ことについての言及が多く、クラスタDでは「全国」「皆さん」のように呼びかける語句が多かった。
▼「モノノフ」コミュニティのクラスタ構造
最後に、コミュニティ内で繋がりを構築しているのは呼称であることを明らかにするために、クラスタごと及び代表者ごとに、どの抽出語がいくつあったのかを表にした。その結果から、媒介中心性の大きいアカウントが呼称を多用しているかを見て、呼称と「繋がり」についての関係を調べた。クラスタごとに代表者を媒介中心性の大きい順で並べたところ、「モノノフ」の抽出数が多かったクラスタC、Dでは、「モノノフ」、「RT」、「繋がる」、「フォロバ」どの語句においてもクラスタ全体の抽出数に対して、媒介中心性の一番大きいアカウントの抽出数がほとんどの割合を占めていた。この傾向については、クラスタBも同じであった。
(4) 考察と結論
同じ呼称で仲間意識を持つことは、ソーシャルメディアにおいて社会的属性を超えて繋がりを持ちうる。確かに、集団形成の要因は必ずしも呼称であるとは言えなかった。しかし、クラスタCやDのようなコミュニティでは、呼称がハッシュタグと共に使われ、集団形成の役割を一部担っていると推測できる。ただし、これらは「モノノフ垢」を通した上で成立し、個人が使い分けた一面性で繋がっているにすぎない。また、クラスタごとの特徴からモノノフとしての「関わり方」によってコミュニティが形成されていることが分かった。同じ文化消費を持つもの同士さえ、「関わり方」によってコミュニティの分断が生じる。結局、この「関わり方」というのも、社会的属性及び派閥として分断されているのかもしれない。さらに、モノノフを自覚する集団内での仲間意識は強くなる一方で、モノノフとそれ以外の分断が起こる可能性は容易に考えられる。使用方法によっては、むしろ呼称が分断を顕在化させる性質を孕んでいるとも言える。呼称を使用することは繋がりを構築する助けとなるが、それを指す集団の範囲は慎重に選択しなければならない。呼称で括る範囲によって、分離と統合、どちらを生み出すことも可能だろう。言語を使うのは、私たち自身であることを忘れてはいけない。
ソーシャルメディア上でも、確かに社会的分断は存在する。その問題を解決する上で、社会的属性を超えて同じ呼称を持つファン集団のあり方を応用することができるはずだ。この切り口を提唱した本研究が、ソーシャルメディアにおける社会的分断の融合に少しでも貢献できれば幸いに思う。