早稲田大学政治経済学部ゼミ生の卒業論文概要書です。
(1)研究目的
東日本大震災は日本史上最大規模の災害であり、被害状況を伝えるメディアも前代未聞の状況に立たされた。その結果としてメディアの対応にも様々な批判が発生した。その中でも、放映される被災地に偏りがあったことが指摘されている。そこで本研究では放映時間が多かった市町村にはどのような特徴があり、また報道内容はどのような切り口(フレーム)で語られていたのかを明らかにした。調査の結果、放映時間の多い市町村は「被害状況の中でも実数の値が大きい」こと、そして報道内容は「震災後初期は被害状況のレポート中心で、やがて避難生活に焦点が当てられることで、絶えずメディアに露出していた」ことが判明した。
(2)研究の背景
震災時の放映時間が偏在した理由について調査した研究は、被害状況との相関からアプローチしたものが多い。例えば松山(2013)は震災後1年間において、国立情報学研究所のテレビアーカイブシステムに市町村名が登場した「報道出現回数」を用いて被害状況との相関を調査した。その結果、放映時間が被害状況の中で死亡行方不明者数などの実数と相関が高いことを主張した。また、沼田らの研究チームは震災後10日間において、ある市町村名がその日の全番組のテキストデータにある全市町村のうちにある割合を「市町村報道率」とし、その大小が被害状況とどれくらい相関があるかを調査した(沼田ら,2011)。松山の主張とは対照的に、目黒らは人的被害が大きい地域でも、報道率が低い市町村があることを指摘した。しかし、これらの研究は市町村が放映された量を回数や割合などの数字で表しており、実際にはその市町村名がどれくらいの時間テレビに露出したか正確ではない。例えば放映量を回数で表すと、3分のニュースダイジェストに登場する市町村名も、30分のドキュメンタリーに登場する市町村名も「1回」として数えられてしまう。
そこで本研究は「放映時間」に着目し、メディアに各市町村が露出された正確な時間を算出することで、他の研究との差別化を図る。本研究では、「各種被害状況のうち、被災地の放映時間と最も相関があるのはどれか」、また、「放映時間が多い被災地はどのような語り口で放映されていたか」を調査した。
(3)研究の方法と結果
分析する対象は株式会社エム・データが収集した東日本大震災発生後3ヶ月分(2011年3月12日—同年6月12日)のテレビ報道データとした。
その中でも本研究ではニュースの簡潔な要約である「MEMO」列に各県名・市町村名でフィルターをかけ、各県名・市町村名が取り上げられたニュースのテキストデータを抽出した。その後、各市町村の放映時間を算出し、各種被害状況との相関をピアソン係数を用いて調査した。有意性の検定にはt検定を用いた。
調査した被害状況は「人的被害」(「死亡・行方不明率」、「死亡・行方不明者数」)、「財政力指数」、「津波高」、「浸水域」(「浸水面積」、「浸水域にかかる人口」)である。
被害状況の元データは、人的被害と浸水域については総務省発表「東日本太平洋岸地域のデータ及び被災関係データ:『社会・人口統計体系(統計でみる都道府県・市町村)』より」を使用する。財政力指数の参照元のデータは総務省発表「平成21年度地方公共団体の主要財源指標一覧」とする。津波高のデータは港湾空港技術研究所の資料No1231と東京電力株式会社が発表した報告書を基にしている。
次に、放映時間の多かった南三陸町と放映時間の少なかった山元町のテキストデータにおいて、KHCoderを用いて計量テキスト分析、その中でも特に特徴語抽出、関連語検索、階層的クラスター分析を行った。また、特に放映時間の多かった南三陸町については、1—4週目、5−8周目、9−13週目において、各クラスターの登場頻度が時系列ごとにどのように変化しているかを集計した。
まず放映時間と各種被害状況の相関を調査した結果、放映時間と相関が強かったのは「死亡・行方不明者数」や「浸水域にかかる人口」など、人的被害の実数であった。反対に、「死亡・行方不明率」との相関はあまり高くなかった。(図3—3、3−4参照)
また、放映時間が多かった南三陸町の報道内容としては、初めは死者数などの被害状況が迅速に伝えられるレポート型の報道であり、その後復興に向け努力する被災者や避難生活所に有名人が来訪したことに焦点が当てられていった。(表3−9参照)
(4)考察と結論
調査の結果、放映時間の多い市町村の特徴として、「被害状況の中でも実数の値が大きい」ことが明らかになった。そして実数重視の報道は、人口の少ない被災地にとって悪影響を及ぼしたと考えられる。例えば女川町のように、死亡・行方不明率が高いが、人口が少ないため放映時間が少なくなってしまう被災地は、ボランティアや義援金が集まりにくくなるという事態が発生したと考えられる。
また報道内容の切り口については、放映時間が多い地域は「初期は被害状況のレポートで、やがて避難生活に焦点が当てられ絶えずメディアに露出していた」ことが判明した。甚大な被害状況が伝えられた後、やがて復興に向けて努力する被災者の方々や、彼らを激励しに被災地に赴く有名人がフォーカスされていった。このように、報道内容はメディア制作者によってストーリー性を持たされていたと考えることができる。
以上を踏まえ、私たち視聴者は災害報道にどのように向き合えば良いかを考察した。その結果として、私たちはソーシャルメディアを活用して自ら情報を獲得しに行くことで、例えば人口の少ない被災地の人々など、情報の波に埋もれている人々の痛みを知ることができ、災害に対して適切に行動できるであろうという結論に至った。
最後に、本研究の限界として、分析対象がエム・データ社の社員という第三者が要約したテキストデータを用いているということがある。そのため、完全なニュースの要約であるとは限らない。また本研究は、全てテキストデータ上での調査であり、実際の映像を見て実施したわけではない。映像データをベースとして、被災地のメディア露出を調査した研究が新たに必要である。
【参考文献】
- 松山秀明.(2013).「テレビが描いた震災地図:震災報道の『過密』と『過疎』」丹羽美之.,&藤田真文,編.『メディアが震えた:テレビ・ラジオと東日本大震災』.東京大学出版界.73-117.
- 沼田宗純.,國分瑛梨子.,坂口理紗.,&目黒公郎.(2011).「『効果的な災害対応に貢献する報道モデル』の構築に向けた2011年東日本大震災直後のテレビ報道の基礎的分析」.『生産研究』.東京大学生産技術研究所.63(4),547-554.