本ラボを修了した、早稲田大学大学院 政治学研究科ジャーナリズムコース 修士課程修了生の論文概要書です。
Author: Y.Y. (2020年3月修了)
概要
東日本大震災と、引き続き発生した原子力発電所事故から8年目に至り、被災地の復興支援が進んでいる一方、被災者の精神や心に対する影響が続いている。心理的苦痛をめぐり、心的外傷後ストレス障害、慢性的な不安と罪悪感、曖昧な喪失、家族の分離やコミュニティの分断、スティグマといった5つの問題が取り上げられている。
スティグマはもともと奴隷・犯罪者・謀反人の身体にマークされた徴や烙印という意味である。社会心理学において、一般的にスティグマは大衆が集団に対し付与する「公的スティグマ(publicstigma)」と、公的スティグマを内面化した「自己スティグマ(self-stigma)」という2つのタイプに分類されている。また、「きっかけ(cues)」、「ステレオタイプ(stereotypes)」、「偏見(prejudice)」と「差別(discrimination)」がスティグマを構成する4つの社会認知的過程だと見なされている。
福島における公的スティグマは、放射線被ばくによる偏見・差別(放射能スティグマ)であり、広島・長崎における原爆の被害者が受けたものと類似していると指摘されている。また、福島県民が偏見・差別を受け入れたまま自己嫌悪を感じることや、偏見・差別を受けないよう出身地を隠すといった自己スティグマも存在している。
本研究は、東日本大震災時、情報コミュニケーションにおいて重要な役割を果たしたツイッターに着目し、福島におけるスティグマが持っている特徴および、最も「いいね」されたツイートと最もリツイートされたツイートにおける差異を明らかにすることを目的とした。2019年3月11日に投稿された「福島」(「フクシマ」)に関するツイートを対象とし、ヒューマン・コーディングと質的分析を通じて、ツイッター上での福島におけるスティグマを考察した。
ヒューマン・コーディングを通じて、スティグマに関するツイートの特徴が判明した。スティグマのツイートにおいて、行動に対する偏見・差別より、言葉で表現された偏見・差別のほうが遥かに多かった。その中で、「福島」を「ネタにして」誹謗中傷するツイートが発見された。また、ユーザーには福島県民や福島被災者の割合が大きく、彼らは福島出身と言いつつ震災・原発に関する経歴を語っていたのが特徴的である。一方、反スティグマのツイートにおいて、「福島は危険だ」といった差別的表現を逆用し、風評被害を批判することが多く観察された。
質的分析を通じて、最も「いいね」されたツイートと最もリツイートされたツイートにおける差異が明らかになった。多数の「いいね」を獲得したアカウントは一般ユーザーに集中し、震災に関する体験談を話したのが特徴的である。一方、リツイートにおけるアカウントに多様性が見られ、ニュースや記事を引用して議論したのが特徴的である。
以上の結果により、ツイッターにおいて、従来の放射能スティグマのほか、「福島」をネタにする新たなスティグマが作られる傾向が示された。また、多くの福島県民や福島被災者が過去に遭った差別を言い出したことによって、福島出身ではない被災者あるいは震災に遭ったことがない人が災害に関して語りづらい空間を作る傾向が見られた。一方、反スティグマのかたちに関して、差別的表現を逆用することで、福島は危険だといった偏見を強化し、スティグマを再生産する恐れがあると考えられる。