早稲田大学政治経済学部ゼミ生の卒業論文概要書です。
Author: I.H. (2020年3月卒業)
(1)研究目的
最近、街中の化粧品売り場やインターネット通信販売などで「SNSで話題」「人気YouTuberの○○さんオススメ」などの謳い文句が多く見られるようになった。こうしたいわゆる「美容系アカウント」のインフルエンサーたちは、一消費者でありながら数万人のフォロワーを持ち広告活動も行うという非常にあいまいな立場にある。本論文は、Twitter上の「美容系アカウント」がどういった価値観を生み出しているのか、そしてそのオーディエンスは何を求めているのかを明らかにするものである。
(2)研究の背景
美容業界は、「メディアやインフルエンサー(影響力をもつ人々)が発信する流行や嗜好に引っぱられて新しいスタイル、ルックス、カラーが生まれ、波に乗っては、すぐに消えていく」(Silverstein & Sayre, 2009)と指摘されている。こうした変化の激しいこの業界では、リアルタイムで情報が発信・更新されていくインターネットおよびSNSが積極的に利用されている。特にSNSは若い世代を中心に広く活用され、商品やサービスを選ぶ際に事前に情報を入手する先としても利用され、「レビューを参考にする人にとってレビューの内容は購入の意思決定に大きな影響を及ぼしている」との調査結果もある(消費者庁, 2017)。
こうした背景を踏まえて、次の2つの仮説を検討した。
- Twitterの「美容系アカウント」は美容について自ら積極的に投稿を行うことで、美容業界で新たな価値観を生み出している。
- Twitterの「美容系アカウント」のオーディエンスは、「美容系アカウント」に対して一消費者としての率直なレビューを求めている。
(3)研究の方法と結果
本研究では質的内容分析と対応分析の2種類の分析方法を使用した。Twitter から得たテキストデータを KH Coderを使用して分析し、表や図の作成には Excelを用いた。さらにツイート内の絵文字の解析には、Anaconda Navigatorに含まれるjupyter notebookを用いた。
まず分析の対象とするアカウントを10個選出した。そしてその最新ツイートを50ずつ手動で収集し、ヒューマンコーディングを行い5つのカテゴリーに分類した。そしてそのデータを使いKH Coderで品詞別抽出語リスト、対応分析表を作成し、ツイートに含まれている絵文字とオーディエンスによるリアクションの分析も行った。これは対応分析を行うことでアカウントのグループ化を図るためである。さらに全500ツイートの中でツイート主による返信が多くついたリプライをもつツイートの上位50ツイートをヒューマンコーディングによって4つのカテゴリーに分類した。
結果として、「美容系アカウント」による美容に関する内容のポストにはほぼ肯定的な表現のみが用いられ、既存の商品をひたすら褒めるにとどまっていたことが見られた。また、そのポストのおよそ2割は企業からの依頼広告であった。オーディエンスの反応として広告のツイートは、そうでないものに比べてリツイート数・いいね数共に低くなるということが見られた。
(4)考察と結論
考察として、「美容系アカウント」が自らの経験や知識を生かして批評や新たな提案をする行為は見られず、既存の商品を褒めるだけでなく企業からの広告の依頼を受ける様子が見られた。しかしオーディエンスの反応を見ると広告と明記されたツイートにはリツイートやいいねなどのリアクションが少なく、広告はオーディエンスに求められていないものであるということがわかった。
結論としては、Twitterの「美容系アカウント」が消費者としての立場を生かしたボトムアップ型の意見を形成する先導者であるという1つ目の仮説は否定された。ボトムアップ型の新たな意見の流れを作る「草の根」運動を進めているのではなく、企業が作り出す流行を消費者に広く浸透させる既存のトップダウン型の働きをしていることが見られた。しかし、インターネットのビジネス利用に対する嫌悪感である「嫌儲」の傾向がオーディエンスの間で観察され、「美容系アカウント」のオーディエンスは「美容系アカウント」に対して一消費者としての率直なレビューを求めていることも同時にみられた。これら2つの仮説の検証結果から、オーディエンスが「美容系アカウント」に求めているものと、実際の「美容系アカウント」のポスト内容には乖離があることが示された。
なお本研究ではインフルエンサーの定義およびアカウントの選出方法には偏りがあると言わざるを得ない。しかし仮説1と2の検証の結果から、Twitterの「美容系アカウント」のオーディエンスが求めているものと、実際のところ「美容系アカウント」が提供しているコンテンツにはズレが生じていることが観察された。新たな機会の創出や意見交流のプラットフォームとしての役割が期待されるTwitterで、こうした現象が見られることを示した点に本研究の意義があるだろう。