2019年参院選におけるTwitterでのハッシュタグ使用にみる日本の政治的分断と対話

早稲田大学政治経済学部ゼミ生の卒業論文概要書です。

Author: O.T. (2020年3月)

研究の概要

(1)研究の目的

私たちの生活はもはやソーシャルメディア抜きでは成り立たなくなった。私たちはありとあらゆる分野の情報をソーシャルメディアを介して受発信しており、政治分野もまた例外ではない。本稿は、2019年7月21日に投開票が行われた第25回参議院議員通常選挙に際して、ソーシャル・ネットワーキング・サービスであるTwitterに投稿されたハッシュタグの分析を通して、2019時点の日本のSNS空間における保守層及びリベラル層の分断と対話を解き明かすことを試みたものである。


(2)研究の背景

 2019年現在、ソーシャルメディアのアクティブユーザー数は34億8,400万人であり、地球の全人口の45%を占めている(WeAreSocial Inc., 2019)。SNSを含むソーシャルメディアは政治の分野でも活発に利用されており、2008年のアメリカ大統領選挙ではバラク・オバマ前大統領が、2016年のアメリカ大統領選においてはドナルド・トランプ大統領がそれぞれ巧妙にソーシャルメディアを用い、選挙に勝利した。また選挙という枠にとどまらず、「アラブの春」や「オキュパイ1運動」など数多の社会運動でSNSが大きな役割を果たした。社会運動とSNSの関係についてTufeskci(2017)は「SNSは事件を記録し、抗議活動その他の重要な瞬間をライブ配信する力を持っているため、社会運動は、SNSを使って地域、国内、あるいは世界の目立った出来事を結びつけることができるのである(Tufeskci, 2017=中林訳・毛利 監修, 2018:238)」」と説明する。また数多あるSNSの中でもTwitterは「Twitterユーザーは,潜在的なイデオロギー的側面での立場が自分のそれに似ている政治家をフォローすることを好む(Barberà, 2014: 77)」という性質のため、辻ら(2018)の研究にもあるように、選択的接触に基づいて態度・意見を同じくするユーザーが閉じられたネットワークを形成し、特定のタイプの情報のみが流通し増幅されていきやすく、エコーチェンバー(共鳴箱)現象が起こるという議論が広くなされている。しかしこのエコーチェンバーについては、その存在や程度に関して様々な議論が存在する。そこで本稿では、以下のようにリサーチクエスチョンを設定し、それに対する仮説を提起、検証する。

 リサーチクエスチョン:日本の選挙において、異なる政治的志向を持つ人々はインターネット上でどのように情報の発信を行っているか。仮説:選択的接触に基づき、保守とリベラルがそれぞれ異なる言語を持ち出し、両陣営のコミュニティ内で情報を発信しあっている。
仮に2019年のインターネット空間において保守とリベラルのコミュニケーションに相違があることを明らかにできれば、選挙時のSNSにおいてより建設的な議論を模索する上での礎となるのではないだろうか。

(3)研究の方法と結果

 本稿では、Python3.7.3(Python.org March25, 2019)と計量テキスト分析のためのフリーソフトウェアであるKHCoder3.Alpha.16j(樋口耕一 Jun25,2019)を使用して分析を行った。分析対象として、7月19日21時55分50秒から7月22日21時07分30秒までの<#参院選>を本文に含むツイートを収集した。このデータを用い、大きく分けて2つの分析を試みた。1つ目は、<#参院選>と使用されたハッシュタグのみに注目し、頻出タグやハッシュタグネットワークから分析を行った。2つ目は、与野党の候補者による接戦が繰り広げられた新潟選挙区に注目し、<#新潟>と共に使われた語句全てについて共起ネットワーク2を描き、分析を行った。
 これらの分析の結果、ハッシュタグネットワーク中には選挙区名とそこでの候補者名が共起されるクラスタが多いこと、ネットワーク中に現れる候補者名には保守政党よりも革新政党の候補者が多いことが示された。さらにネットワークには<#消費税><#待機児童><#年金>など、選挙における争点をハッシュタグ化したクラスタも見受けられた。また、<#新潟>と共に使われた語句について共起ネットワークでは、対立する候補であった<#塚田一郎>と<#打越さく良>のハッシュタグが強い共起関係にあること、「原発」「女性」といった争点を表す語彙について、同じ語彙であっても異なる文脈で使われていることが示された。

(4)考察と結論

 2019年において、ハッシュタグを用いた情報の発信に積極的なのは、保守層よりもリベラル層であった。さらに同じリベラル層内でも、政党や選挙区、候補者によってそれぞれ異なる抽象的なハッシュタグを使用していたことから、全国的な統率が取れていないリベラル層の分断が見て取れた。一方で、接戦となった新潟選挙区の分析からは、保守リベラルそれぞれの支持層が、共通の具体的かつ一般的なハッシュタグ、語句を用いて情報の発信を行っていたことから、選挙が接戦になるほど無党派層の票の取り込みを目的として、よりわかりやすい発信を行うことが示唆された。また保守リベラル双方が、お互いの候補者の名前をハッシュタグとしてツイート本文に盛り込んでいるため、両陣営が対立する集団を認識していることは明白であり、選挙が接戦になるといわゆるエコーチェンバーが成立しない可能性が推測できる。
 本稿では、2019年の選挙におけるSNS空間では、「保守/リベラル」という分断ではなく全国的なリベラル層の分断が目立つこと、政治的に「ニュートラル」なハッシュタグがマスメディアとSNS上の情報を整理し拡散するシグナルとしての役割を果たしていること、選挙が接戦となり情報の拡散が喫緊の課題となると保守層とリベラル層の双方が共通の具体的かつ一般的な言葉を用いて発信を努めること、の三点が考察できた。一方で、本稿では当該選挙に関して最も一般的だと思われた<#参院選>と同時に用いられたハッシュタグのみを分析対象としている点に限界がある。より広範なハッシュタグを分析対象としたり、ハッシュタグを使用するアカウントの属性を分析したりすることで、イデオロギーとSNSにおけるコミュニケーションについてより踏み込んだ議論できるだろう。

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