日本のスポーツメディア表象における人種表現〜ハーフアスリートへの言説から

早稲田大学政治経済学部ゼミ生の卒業論文概要書です。

Author: S.A. (2020年3月卒業)

概要

(1)研究目的

 2020年に開催を予定している東京オリンピックに向けて、スポーツへの関心は高まってきている。「日本代表」として国を背負い戦うアスリートたちに対して私たちはどのようなイメージを抱いているのだろうか。近年、テレビを付ければタレントからアナウンサーまで「ハーフ」の人々を見かけない日はない。そして、日本のスポーツ界でも多くのハーフアスリートが活躍している。とりわけ目立つのは、ケンブリッジ飛鳥選手やサニブラウン選手に代表されるようなアフリカ系ハーフアスリートたちである。一方で、その活躍は遺伝的なものであるとし、彼らに対して「日本人ではない」や「ずるい」と考える人々もいる。本稿では、「日本人初」として報道された3人のハーフアスリートの事例を対象に、3人に対する言説を定量分析し、ソーシャルメディアにおける「日本人」の体系について議論をした。それを通して、日本のスポーツメディア表象において、どのように人種が認識され、話題にされているかをソーシャルメディアの1つであるTwitterを対象に明らかにした。

(2) 研究の背景

 日本では近年、多くのハーフアスリートが活躍しているがSNSなどでは彼らに対する差別的な表現もよく見られる。例えば、「ハーフ選手だから応援したくない」や、「純日本人の選手を応援したい」といったものである。これらには「差別ではないけれど」などの枕詞で前置きがされていることもある。このような事例からも分かるように、人々はスポーツの世界において人種に基づき、遺伝と身体能力を関連付けている。川島は「『黒人』と呼ばれる人間集団に固有の運動能力があるとする想定が、科学的根拠が存在しないにもかかわらず一つの言説として存在している。」とし、「人種」的ヒエラルヒーに関わる解釈上の諸問題について考察し、「黒人身体能力神話」の日本における起源を突き止め、延いては「人種」的序列の意識や思考の歴史の全容を詳らかにしようとした。
以上の議論を踏まえ、「ハーフアスリートを通して見えるソーシャルメディアにおける『日本人』像とはどのようなものか」というリサーチクエスチョンを提起した。また、このリサーチクエスチョンに対して以下の2つの仮説を検証した。

  • 仮説1:日本人は、日本人特有の身体的特徴から逸脱しているハーフアスリートたちに対して、同じ日本人ではないという意識を持っている。
  • 仮説2:トップアスリートに対して、練習や努力などの過程に対しても賞賛や尊敬の念を抱くが、ハーフアスリートの成功は遺伝的な原因であるとし、「ずるい」という意識を持っている。

これらの仮説を検討しながら、「日本人」がTwitter上でどのように認識されているのかを分析する。そして、ソーシャルメディア空間内において日本人の持つ「日本人像」を明確にし、ハーフアスリートを通して「日本人像」が体系作られる様子を紐解く。

(3) 研究の方法と結果

 研究方法については、収集したTwitterデータを用いた内容分析を採用した。内容分析では、大きく分けて2つの分析方法を使用した。1つ目はハーフアスリートとハーフではない日本人アスリートとの比較による量的内容分析、2つ目はハーフアスリートに向けられたツイートに対して行った先行理論に基づいた質的分析である。
 まず初めに「ハーフではない日本人アスリートとの比較」という目的のためにTwitter上で一定期間、「アスリート名」が本文中に含まれるツイートの収集を行った。具体的には、プログラミング言語であるPython(バージョ3.6)を使用し、TwitterのAPIにアクセス、スクレイピングを行った。使用したコードについては、所属する学部ゼミの先輩にあたる山田裕基さんが作成したものを用いた(付録:Code1)。その後、収集したデータからハーフアスリート3人とハーフではないアスリート3人に対する認識の違いを分析した。図4.1.3からも分かる通り、ハーフアスリート3人とハーフではないアスリート3人は左右に分かれて分布した。
 次に、KH Coderを用いたアスリートごとの対応分析の結果を踏まえて、「ハーフアスリートへの反応の分類」という目的のためにハーフアスリートに対するツイートを抽出し、具体的な分析を行った。対象としたツイートは、大坂なおみ選手、サニブラウン選手、八村塁選手に対してのツイート計78,068件である。このツイートすべてに目を通し、ツイート内容がネガティブなものか、そうでないかの2つに分類をした。その後、ネガティブに分類したツイートについてさらに詳しく分析を行った。表4.2で示した通り、ネガティブツイートは全体のツイートに対して1%前後の割合で検出された。特徴的な語句としては、「黒人」、「血」、「違和感」についての言及が多く、主に「見た目」に触れているツイートと、「文化的要素」に触れているツイートが多くみられた。

(4) 考察と結論

 ソーシャルメディア上では、日本人として活躍するハーフアスリートに対して、能力的に優位であるとみなし、ほかの日本人アスリートと同一視していない。たしかに、ネガティブな側面に触れているツイートは全ツイートに対する割合でみると少数であり、主要なフレームであるとは言えなかった。しかし、ポジティブなツイートについても「日本人」を強調するようなツイートが見られたことから、ハーフアスリートを同一視していない、という仮説は部分的に支持できものであると判断した。
 また、ネガティブなツイートを質的に分析したところ「見た目」と「文化的要素」に触れているツイートが多く見られたことから、肌の色や骨格に加えて、その人の名前の表記や母国語などからもアイデンティティを感じていると推測できる。さらに、「文化的要素」の「名前の表記」と「母国語」に矛盾が生じた場合、「母国語」を重要視する傾向があることが推測された。

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