リケジョの発生からみるジェンダーステレオタイプに基づくラベルによる性差別

早稲田大学政治経済学部ゼミ生の卒業論文概要書です。

Author: H.A. (2021年3月卒業)

研究の概要

研究目的

 日本は男女共同参画社会基本法などにより男女共同参画社会の実現に向けた取り組みを行っている。そうした中でマスメディアにおいても女性の社会進出などが多く取り上げられるようになり、「美術館女子」などのようなジェンダーステレオタイプに基づくラベルが発生した。しかし国際的な視点からみると、日本のGGI(ジェンダーギャップ指数)は153か国中121位であり、先進国の中で大きく遅れをとっている。日本社会におけるジェンダー差別に対する意識を成熟させること、ジェンダー差別を解決することは喫緊の課題である。本研究では、新聞報道において、ジェンダーステレオタイプに基づくラベルがその対象の描かれ方に与える影響について明らかにすることを目的とする。なお、ラベルの代表例として理系女子を指し示すラベル「リケジョ」に着目して研究を行う。これにより、社会の根底にあるジェンダー差別を自覚し、今後の新聞報道におけるラベルの使用を見直すきっかけとなることを期待する。

研究の背景

 ジェンダーステレオタイプに基づくラベルの使用については、それにより度々ジェンダー差別であるという議論が起る。ステレオタイプとは「一定の社会的現象について、ある集団内で受入れられている単純化された固定的な概念やイメージを表すものとして用いられる」ものであり、「複雑な事象を簡単に説明するには役立つが、多くの場合、極度の単純化や歪曲化の危険を伴い、偏見や差別に繋がることになる」と考えられている。ラベルとはエスニシティをカテゴライズする言葉であり、ある特定の私物や状況に対する命名(labering)がその事物・状況の認知や記憶過程に影響する「ラベリング効果」を持っている。つまりジェンダーステレオタイプに基づくラベルは性に対する単純化された分かりやすいイメージや固定概念を前提に人々をカテゴライズした言葉であり、これにより対象を単純化し、人々の認知・関心を集めることができる。このような効果を持つラベルを使用することで性差別が強調されるケースが存在する。その代表例が読売新聞と美術館連絡協議会の規格である「美術館女子」であり、これは女性軽視だと批判され、ホームページを閉鎖するに至った。この件に関して社会学者の竹田恵子は、「~女子」という言葉は基本的に男性主体の文化に女性が参入する場合、有徴化するための言葉であるため、当該企画は美術界のジェンダー格差を強化したと指摘する。こうした事例を踏まえ、本研究では理系女子を指す「リケジョ」に着目し、「『リケジョ』の発生が新聞報道においてどのような影響を与えたか」というリサーチクエスチョンを提起し、それに対して「『リケジョ』を使った報道は性別に注目した内容に偏る」という仮説を立て、検証する。

研究の方法と結果

 分析対象のデータは、「朝日新聞」「読売新聞」「毎日新聞」の3社から2020年5月27日までの期間で収集し、リケジョという単語を含む「リケジョ」記事群、リケジョが発生する前に女性研究者や理系女子について言及する「リケジョ発生前」記事群、リケジョが発生した後に理系女子や女性研究者についてリケジョの単語を使わずに言及する「NOTリケジョ」記事群の3つに分類した。

 まず記事数推移をグラフ化し、どの記事群も2014年に一番多い記事数が出されていることが確認された。また「リケジョ」記事群はその他の記事群と比較して、記事数の増加の度合いが大きく、減少する度合いも大きいことが分かった。

 次にKHcoderを用いて定量テキスト分析を行った。まずそれぞれの記事群の特徴語上位10を確認し、「リケジョ」記事群がその他の記事群に比べて学生向けの内容が多い可能性を確認した。次に共起ネットワーク分析を行った。その結果が図1である。この図からも「リケジョ」記事群が学生向け要素が強いことが明らかになった。また男女共同参画局の目標に理系学部や研究者の女性割合を増やすことが盛り込まれていることを踏まえると、「リケジョ」ラベルの目的は「学生に理系の魅力を伝え、理系の道へ進んでもらうこと」だと定義ができる。そして対応分析を行った結果が図2であり、これから「リケジョ発生前」記事群と「NOTリケジョ」記事群は内容の傾向にほぼ相違点がなく、「リケジョ」記事群のみ特徴的であることが明らかとなった。

▼図1:リケジョ概念に関する記事の共起ネットワーク図

▼図2:リケジョ概念に関する対応分析

 最後に「朝日新聞」の「リケジョ」記事群と「NOTリケジョ」記事群を対象に、質的フレーム分析を行った。フレームは演繹的・帰納的に設定した。評価者Bの協力を得て、2人の評価の一致率をKappa係数で求めたところ、0.646であり、実質的に一致していると判断した。このフレームの結果を3つの期間ごとに集計した結果、Ⅰ期では<活躍する専門家>フレームなどの本来の「リケジョ」ラベルの狙いを果たすような演繹的フレームが目立ったが、Ⅱ期になると<強調される女の子>フレームが目立ったことから、小保方晴子の騒動によってリケジョの女性という点にフォーカスされることが多くなったと解釈できる。また「リケジョ」記事群では<逆説的差別強調>フレームが目立ったことから、ラベルの使用が女性差別を強調する効果や傾向があることが分かった。Ⅲ期になると<社会支援>フレームが目立つようになった。

考察と結論

 本研究では以上の分析によって、リケジョというラベルを使用することによる新聞の報道フレームの変化と時代による変化を明らかにした。具体的な結果としては、ラベルを使用した場合はしていない場合と比較して、“女性であること”にフォーカスを当てられるようになり、それを強調したり切り取られた報道に偏るということが確認できた。また記事数推移の結果からも、ラベルを用いた報道は関心を集めやすく話題になりやすいということが明らかになり、その理由として人々にとって分かりやすく面白いということがあると考察した。本研究で設置した仮説は立証することができ、リケジョが発生したことで世間の関心は大きく高まり、それと同時に扱われる内容は性別に注目され、結果として男女差別を強調することになったと結論づけた。

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